メモ

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空気を一変させる男

 今日の昼御飯はインドカレーだった。僕はいつも通り10段階中、4辛のチキンカレーを注文する。その店はナンもライスもおかわりし放題なので個人的にお気に入りの店だ。店員はインド人と謳っているが本物かどうかは分からない。名札を皆付けていて、'イスラム'という名前の店員以外はちゃんとインド人のように見える。インド人は"ザジズゼゾ"の発音が苦手なようで、時折「こちらの席どうじょ」といったまだ慣れない日本語を話す。テレビで流れている映像はインド系女性が永久に踊ってる映像でいかにも、といった雰囲気も個人的に好きだ。客が少ないのもありがたい。普段から混んでいる店はミーハー嫌いの自分からすると居心地が悪くてたまらない。

 注文したチキンカレーが出来上がり、僕は本日初めての食事を始めた。ナンが出来立てすぎて親指を火傷した。熱すぎんねん。マジで。

 食事を進めていると、客が少ない店に一人の客が来た。自分との席を一つ開けて座り、バリバリのイスラム系の名前のパキスタンバングラデシュ出身だと思われるイスラムさんに注文する。

 ーーーー「マトンカレー、20辛で。」

 空気がサッとヒリつくのを感じた。一間を置き、店員も想定外の注文を受け訝しげに振り向く。顔つきも反応の一挙一頭足全てが疑念まみれに見える。自分の舌も十二分にヒリついてはいたが、この時のヒリついた空気と比べると自分の頼んだチキンカレーが綿アメのように甘く感じた。

「今、なんと?」

 漫画でしか見たこと無い展開とセリフを聞いた。これあれやん。才能まみれの主人公の言葉に感銘を受けてこの後「あいつはこの世界を救う」とかいうくっさいセリフと共に噛ませ役としてあっさり死ぬ昔は名前を世界に轟かせて隠居してる仙人的なキャラしか発する機会の無い言葉やん。

 しかし、そもそも10辛までしか用意されていないのだから、そのような注文を受けて自分の耳を疑うのは当然である。界王拳の3倍を出された時の衝撃とほぼ同等の衝撃だった。

 客「20辛で」

イスラム 「辛いですけど大丈夫ですか?」

 いつも通り4辛は自分にとってほどよい辛さである。普通レベルが2辛と言っていたので、自分はその平均辺りに属してると言えるだろう。平均をμとして標準偏差をσとした場合、4辛はμ±σの範囲内に収まっていると言えるだろう。20辛はどうであろうか。中心極限定理の3σ限界からはみ出してる事は明らかであろう。辛いに決まってる。「20辛で」、の言い方もなんか、言葉には言い辛いけど「俺を舐めんなよ」的なマウンティングの感情を少し含んでいるようにも見えた。

 こうして、偶然にも20辛のカレーを僕は目の当たりにすることになった。一目見た感想。カレーは赤かった。ユーリイ・アレクセーエヴィチ・ガガーリンが有人宇宙飛行に成功した時並の感想である。

 その客は20辛どころか、店員にデスソースさえ頼んでインド人をも圧巻させていた。ヒリついた空気は後に感嘆の空気に変わっていった。

 

 

今日のヒリついた空気の中で食べる4辛のカレーは世界の小沢さんの言葉よりも甘かった。(終わり)